半世紀を経て蘇った最後の晩餐

サンタクローチェ地区
12 /03 2016
最後の晩餐の場面が描かれた作品を「cenacolo チェナーコロ」と呼んだりしますが、チェナーコロは正確には「晩餐の部屋」「キリストが最後の晩餐をした広間」「同好の仲間」という意味があります。
「最後の晩餐」はイタリア語では「l'ultima cena ルルティマ・チェーナ」ですね。

1966年11月4日に起きたフィレンツェ大洪水で被害を受けたサンタクローチェ教会のヴァザーリ作「最後の晩餐」が修復を終えて帰還するという日記を書きました。
サンタクローチェ教会を訪れる機会があったので美術館部分をちらっと覗いてみると…ありました!
cena di vasari4
フィレンツェの修復機関「貴石加工所」が新しい修復技術を駆使して蘇った「最後の晩餐」
以前にチェナーコロに置かれていた多くの芸術作品は、2013〜2014年に教会内部に移設され、この大きな作品の展示が可能となったのです。作品の裏側には再び大洪水が起きた時のために、絵画を部屋上部に釣り上げるシステムがあります。
cena di vasari3
もともとベネディクト会ムラーテ修道院のために描かれたこの作品は、ナポレオン時代に同修道院の廃止されたためにサン・マルコ修道院に移設、さらに1880年代にサンタ・クローチェ教会に移されました。
この時に修道院の一部はすでに美術館となっていました。
1959〜1962年の美術館拡大に伴い食堂に展示され、そして大洪水に遭ったのです。

上部のバルコニーから晩餐会を覗き込んでいる人がいる構図は、サン・サルヴィのアンドレア・デル・サルトの同主題の作品を彷彿とさせます。

このヨハネ、うとうとしているというよりは、完全に熟睡しているんですが…
cena di vasari2
ユダはすぐにわかります。裏切りの代償が入った袋を隠し持っています。テーブルのこちらに座っている配置も、この題材を描く時の伝統にそった位置ですね。
cena di vasari1
この作品の復帰に合わせたのか、サンタ・クローチェ教会付属美術館の展示の様子も変化がありました。
次回からその様子もちょっとご紹介します。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。