シエナ大聖堂の床モザイク

シエナ県
12 /13 2016
シエナの大聖堂は大きさも内部装飾も素晴らしいもので、この日記でも度々紹介してきました。
今回、シエナのガイドさんがモザイクの制作方法について説明してくれたのが面白かったのでちょっとまとめてみました。

床の大理石モザイク装飾は古代にはOpus sectiteと呼ばれ、ローマ帝国では紀元前1世紀の頃から建築装飾として使われてきました。西ローマ帝国ではその歴史を通じてずっと利用され、また東ローマ帝国でも使用されピザンティン様式のバジリカにも見られます。
12〜13世紀には中部イタリアとシチリア島にて、非常に細かい幾何学模様のモザイク「コズマーティ様式」が発展しました。
16世紀には貴石のモザイクで「commesso」とか「mosaico fiorentino」と呼ばれるモザイク作品を作る工房がメディチ家によって創立されました。

シエナの大理石の床は56の場面に分かれていて、聖書から都市の紋章までバリエーションに富んだテーマを扱っています。
「幼児虐殺」の場面
siena
大聖堂の入り口に近い部分には世俗的なモチーフを、奥に進むにしたがって聖なるテーマを扱っているそうです。
一番古い部分は14世紀後半に、新しい部分は19世紀の作品となります。
40人ほどのシエナの芸術館たちが参加して製作されていきました。
中でもドメニコ・ベッカフーミが35の場面を作っています。
シエナ以外の芸術家ではピントゥリッキオが1505年に「知恵の山」を担当しました。

床モザイクにはcommessoとgraffitoの技術が使われているそうです。
グラッフィート(掻き絵)はフィレンツェでは建築の壁の漆喰装飾で使われる用語ですね。
まず白い大理石を輪郭線に沿ってカットし、大理石表面にデザインを彫っていきます。彫られた溝を黒大理石の粉を樹液などのノリ成分と混ぜたもので埋めていきます。そして輪郭線と背景の石の間は鉛を溶かしたもので溶接するそうです。

床の一部は覆われていて普段は見ることができないのですが、毎年8月の終わり〜10月の終わりに覆いが取られてすべてのモザイクを鑑賞できる時期があります。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。