ダヴィデの不在

シニョーリア広場地区
01 /14 2017
フィレンツェのアカデミア美術館にはミケランジェロの代表作「ダヴィデ」が展示されています。
そしてミケランジェロ広場とシニョーリア広場にはダヴィデのコピーが2体あります。
このコピーはいったい誰が作ったの?ミケランジェロの作品を模倣できるなんて、かなりの実力の持ち主では?と普通は考えますよね。しかしコピー製作者の名前がなかなか資料の中に見つからないのです。
シニョーリア広場のダヴィデ
今回、ようやくその名前が載っている資料を探し出せたので、ちょっとまとめました。

1504年に完成したダヴィデはシニョーリア広場、ヴェッキオ宮殿の正面に設置されます。

1869年と1872年に開催されたベッレ・アルティ委員会では、アカデミア美術館内部に専用を空間を創り、ダヴィデをここに移設することが決められました。美術館内部の改築は建築家エミリオ・デ・ファブリスに委任されます。
ファブリスはまるで教会の祭壇のように、天井にクーポラを建設しエクセドラの中央にダヴィデを設置します。クーポラはガラス張りで外光がダヴィデに差し込み、彫刻を神格化する舞台装置になっています。
シニョーリア広場からの移動は1873年7月30日〜8月10日の9日間をかけて行われました。

主が空っぽとなったシニョーリア広場はフィレンツェ人に大きいショックを与えたのではないでしょうか。
残念なことに、移設の時にオリジナルの台座(アントニオ・ダ・サンガッロとシモーネ・デル・ポッライオーロ作)は破壊されてしまいました。

すぐにブロンズ製のダヴィデのコピー(1849年にクレメンテ・パーピがブロンズを流し込む型を作っていました)をシニョーリア広場に設置することになります。
ところがオリジナルは大理石製、ブロンズでは全く雰囲気が違います。これはフィレンツェ市民には大きな抵抗感がありました。そこでブロンズのコピーは新しくできたミケランジェロ広場に設置されることになります。

シニョーリア広場には、ようやく1910年にルイージ・アッリゲッティによる大理石のコピーが設置されました。
こうしてダヴィデの引越しから37年、シニョーリア広場の空席が埋まったのです。

参照 arte-argomento.org
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。