サンティ・ディ・ティートの「十字架降下」

サンマルコ地区
01 /27 2017
フィレンツェのアカデミア美術館はミケランジェロの彫刻で有名ですが、絵画作品も数多く展示されています。ゴシックからマニエリズムまで、アカデミア美術館の絵画作品を紹介しています。

「キリストの十字架降下」サンティ・ディ・ティート 1592年 油彩板絵
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サンティ・ディ・ティートは、1536年にアレッツォの近くサンセポルクロで生まれた画家、建築家です。16世紀後半にフィレンツェとトスカーナ地方で最も影響力のあった画家の一人でした。父親はティベーリオ・ティーティという名前の宮廷の肖像画家でした。

フィレンツェではアニョロ・ブロンズィーノやバッチョ・バンディネッリと交流があったものと考えられます。
若い時代の作品は明確ではなく、1558年と1564年にローマに旅したのちに画家として頭角を現しました。ローマではラファエロの古典主義に学び、幾つかの重要な宮殿の装飾の仕事に携わり、フェデリコ・ズッカリと肩を並べて作業をしたこともあります。
ズッカリとの交流で、前マニエリズムとしての改革を消化していきました。

フィレンツェに戻った後はメディチ家からのもてなしを受け、サン・ルカのアカデミーに活動的に参加していきます。ミケランジェロの墓碑の装飾にも協力し、マニエリズムの宝庫であるフランチェスコ1世の書斎(ヴェッキオ宮殿)の装飾を担当した画家グループの一人でもあります。
フィレンツェの15世紀初期のシンプルな構図のスタイルから始まり、対抗宗教改革の精神をうまく融合させた「純粋主義」を活動後期まで保ち、ピエトロ・ダ・コルトーナがフィレンツェに来るまで多大な影響をフィレンツェの絵画界に与え続けたのです。

アカデミア美術館の「十字架降下」では、逆光の中で2本の十字架が背後にそびえ立ち、画面の奥行きを表現しています。ほとんど地面に横たえられたイエスの体がマリアによって支えられています。横には洗礼者ヨハネやアレクサンドリアのカテリーナとともに、聖ステファノ騎士団の鎧を着た男性がひざまづいています。彼がこの作品のスポンサーで、盾の紋章からエルアルド・サストリ・ディ・スパーニャという人物であることがわかっています。
画面の左下にはキリストの殉教の道具が地面に並べられています。

参照 treccani
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。