アカデミア美術館の年表

サンマルコ地区
01 /29 2017
ミケランジェロのダヴィデ像があることで有名なフィレンツェのアカデミア美術。
今日はその歴史を簡単にまとめます。
ダヴィデ
1784年 サン・マッテオ病院とサン・ニコロ修道院があった場所にピエトロ・レオポルド公が「l'Accademia di Belle Arti 美術アカデミー」を創設します。1563年にコジモ1世が創立した「 Accademia delle Arti del Disegno 芸術デザインアカデミー」の様々な組織を統一する施設でした。

当時のコレクション
「サビニ女の略奪」(石膏 ジャンボローニャ)
「ピサを支配するフィレンツェの偶像」(ジャンボローニャ 現在はヴェッキオ宮殿)
古代作品をコピーした石膏像群
デザインアカデミーが所有していたマニエリズムのフィレンツェ絵画

1786年 レオポルド公が廃止した修道院などの宗教関連施設から
1810年 ナポレオンが廃止した修道院などの宗教関連施設から運ばれた美術品が加わります。

加わった主な作品
「マエスタ」(チマブーエ)
「マエスタ」(ジョット)
「聖母子と聖アンナ」(マザッチョとマゾリーノ)
「東方三博士の礼拝」「ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ)
「キリストの洗礼」(ヴェロッキオとレオナルド)
「エマオの晩餐」(ポントルモ)
「プリマヴェーラ」(ボッティチェリ 大公の邸宅から)
数多くのフラ・アンジェリコの作品

1817年 さらなる作品の購入、そしてアカデミーのコンクール優勝者の作品も展示することを決め、コレクションは14〜19世紀と幅広いものになります。

1841年 年代順に作品を並べます。現在の「囚人のギャラリー」には13〜14世紀の作品が天井近くまで並んでいました。

1865〜1871年 フィレンツェが首都となり全ての美術館が改革されます。アカデミアには現代美術館とクロチェッタ美術館から運ばれた現代美術作品が展示され「Galleria Antica e Moderna 古典と現代のギャラリー」として知られるようになります。

1872年 ダヴィデをシニョーリア広場からアカデミアに移すことが決定され、エミリオ・デ・ファブリスがダヴィデ設置のためにトリブーナの建設に取り掛かります。

1873年 ダヴィデ移設(トリブーナの建設が終わるまで9年間、ダヴィデは箱の中に保管されていました)

1875年 ミケランジェロ生誕400周年のため、代表作の石膏モデル特別展を開催。トリブーナに翼廊が建設され、それまで2つの部分に分かれていた美術館をつなぐことになります。

1882年 「ミケランジェロの美術館」として落成。ダヴィデの周りにはミケランジェロ作品の石膏コピーが展示されます。メディチ家礼拝堂の作品、モーゼ、ヴァティカンやロンダニーニのピエタ、ミネルヴァ教会のキリスト、囚人像など。
この年にアカデミアは現代作品よりも古典作品を展示するよう方向転換します。

1914年 ピッティ宮殿のモデルノ美術館に現代の作品が移されます。
1919年 フィレンツェ絵画の代表作はウッフィツィ美術館に移されます。
1922年 フラ・アンジェリコの作品がサン・マルコ美術館に移されます。

この移設により「Galleria Antica e Moderna 古典と現代のギャラリー」から名前が変わり「 Galleria dell'Accademia アカデミア・ギャラリー」あるいは「ミケランジェロ美術館」と呼ばれるようになります。

20世紀初めに、ミケランジェロの石膏コピーよりもオリジナル作品を展示する案が論議され、囚人像や聖マタイ像、勝利像(1921年からヴェッキオ宮殿)が運ばれます。反対に石膏のコピーはカーザ・ブオナローティヤカプレーゼ村のミケランジェロ美術館に移されます。


参照 Galleria dell'Accademia. Guida ufficiale. Tutte le opere, Firenze, Giunti, 2006, ISBN 88-09-04880-6
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。