100人の貧者のオステリア

ちょっとかじる歴史の話
02 /02 2017
フィレンツェのパラッツォーロ通りに「100人の貧者 centopoveri」というオステリアがあります。
昼食メニューは10ユーロで、ピリーモピアット+セコンドピアット+ワイン+水が付いてくるお得なお食事どころ。

この「100人の貧者」という名前にはある歴史が隠されています。
同じ通りに「L'oratorio dei Vanchetoni  ヴァンケットーニ祈祷所」というフランチェスコ修道院の大信徒会本部があります。
ヴァンケットーニ
紡績業者のイッポーリト・ガランティーニが信者会「キリスト教議信者会」を創立し、その会を「Vanchettoni」と呼びました。
ヴァンケットーニは「cheto ひっそりと」歩く様子と「bachettone 大きな棒」から来ている言葉です。
バケットーネは贖罪のために使われた棒のことですね。罪を贖うために棒や鞭で自分の体を叩きながら宗教的行進をしました。今でも宗教熱心な人を「バケットーネ」と呼ぶそうですよ。

創立者は1602年に祈祷所をマッテオ・ニジェッティとジョヴァンニ・ニジェッティの設計図により建設させます。
メディチ家コジモ2世の奥方の経済的援助もあり完成されました。

1619年に創立者が亡くなると、後継者は信者会の活動を「貧者を助ける」「子供にキリストの教えを伝える」ことに定め、活動は17〜18世紀の間続きます。

活動の中で目立ったイベントが「100人の貧者の晩餐」です。
カーニヴァル(謝肉祭)期間の最後の日曜日に、地区の100人の貧者(50歳以上が規定)を招待し、髪を剃ってあげた後に信者会の服を着せ、豪華な晩餐を振る舞いました。ミサ曲と聖書朗読を聴きながら…

1785年にピエトロ・レオポルド公は多くの信者会を廃止させましたが、この「キリスト教議信者会」と「ミゼリコルディア信者会」だけは残したのです。

「100人の貧者の晩餐会」の慣習は少なくとも第二次世界大戦初期まで残っていました。

この祈祷所と同じ通りにあるオステリアが「100人の貧者」の名前をつけたのは、この伝統に則ってのことだったのですね。知り合いの方をここに案内した時、「cento poveri(100人の貧者)」を「centro per i poveri(貧者のためのセンター)」と聞き間違えられたことがありましたっけ…

参照 Guida d'Italia, Firenze e provincia ("Guida Rossa"), Edizioni Touring Club Italiano, Milano 2007
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。