月桂冠を戴く詩人たち

芸術を読み解く
02 /06 2017
前回の日記で、中世の時代から月桂冠を頭に戴く詩人・作家の姿を表現するようになったという話を書きました。

そしてイタリア文学の歴史で「tre corone 3つの冠」といえば、この3人です。

ダンテ・アリギエーリ(1265〜1321年)
金融業を営む教皇派の小貴族の家に生まれたダンテは、ラテン文学や倫理学を学び「精神の気高さ」と「愛」をテーマとする清新体を生み出しました。グェルフィ党の政治家でもありましたが、党内の分裂によりフィレンツェから追放されます。北イタリアの各都市を流浪して、ラヴェンナで代表作「神曲」を著します。この代表作「神曲」は、古代ローマの詩人ウェルギリウスや初恋の女性ベアトリーチェと共に地獄・煉獄・天国を旅する叙事詩です。
ダンテはイタリア文学最大の詩人にして、ルネサンス文化の先駆者と呼ばれます。
ダンテ

フランチェスコ・ペトラルカ(1304〜1374年)
アレッツォにて生まれます。父親はダンテと政治的に繋がりのある人物でした。大学で法学を勉強しましたが、古典文学を好み、ボッカッチョと友人になります。中世の時代に形が崩れてきていたラテン語を純正な形にするため、古代の写本を研究しました。恋愛抒情詩群の『カンツォニエーレ』が代表作です。
ペトラルカ

ジョヴァンニ・ボッカッチョ(1313〜1375年)
フィレンツェ商人の家に生まれたボッカッチョは家庭教師の教えで早くからダンテの作品を学んでいました。
代表作は1349年から1351年に書かれた『デカメロン』(十日物語)です。
ダンテより50歳ほど年下ですが、ダンテの作品を理解し、賛美した最初の一人でした。イタリア語では「神曲」は「Divina Commedia(神の戯曲)」と呼ばれますが、このタイトルはボッカッチョが名付け親です。彼以前には単純に「戯曲」と呼ばれていたのです。
また、ペトラルカとは深い親交を持ち、その創作活動はルネッサンスの先駆けとなります。
ボッカッチョ

3人とも人文主義、ルネッサンスに大きな影響をもたらした先駆者です。
上の写真はウッフィツィ美術館の中庭に並ぶ3人の銅像です。3人とも栄誉の印である月桂冠を被っているのがわかります。この中庭にはトスカーナ出身の著名人たちの像がずらりと並んでいるので、3人を探してみてくださいね。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。