日時計宮殿の衣装ギャラリー

アルノ河南地区
02 /16 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。日本人のグループではそのうちの一つ、パラティーナ美術館を訪れることがたまにあるぐらいです。そこでピッティ宮殿の中の美術館を一つずつ簡単に紹介していく第5弾です。

「パラティーナ美術館」「モニュメンタル・アパートメント」「近代美術ギャラリー」「大公の宝物庫」に続き、今日は「Il Museo della Moda e del Costume ファッションと衣装の博物館」をご紹介します。以前はもっとシンプルに「Galleria del Costume 衣装ギャラリー」と呼ばれていました。

ピッティ宮殿の中でも「日時計の小宮殿」と呼ばれる建築物の中に設置されています。ピッティ宮殿の3階から、またはボーボリ庭園から入館できます。
衣装ギャラリー1
2013年から「ボーボリ庭園」「大公の宝物殿」「陶磁器博物館」「バルディーニ庭園」とセット料金となっていて、このグループでまとめると、イタリアの美術館の中で年間入場者数が6番目に多い場所となります。2016年は88万人が見学しました。

「日時計の小宮殿」は1776年にピエトロ・レオポルド公が依頼し、ガスパレ・パオレッティによって建設されました。建築を完成させたのはパスクワーレ・ポッチャンティで、建物の南側ファサードは彼の手によるものです。

ヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニ作の日時計やフェルディナンド皇子のためにアントン・ドメニコ・ガッビアーニが描いたフレスコ画を見ることができます。

衣装を展示する博物館は1983年に開かれたもので、6000点もの衣装(一番古いものは16世紀まで遡る)やアクセサリー、演劇や映画用衣装、その資料を所有してます。モードの世界の重要な博物館なのです。
衣装ギャラリー2
多くの展示品は公、あるいは私人の寄付によります。著名人が亡くなった時にそのクローゼットの全てが寄付されたこともありました。

16世紀のコジモ1世と妻のエレオノーラの喪服も貴重な衣装で、彼らの息子のガルシアが15歳で亡くなった時に使われたものです。

布地は長く展示しておくことができないので、少なくとも2年おきに展示物をローテーションすることになっています。展示方法は時代別、テーマ別に進んでいきます。

人造宝石などを扱うbigiotteriaのコレクションは20世紀からのものです。

鳥かごのような大きなスカートがついたドレスから、体の線が露わになるナポレオン時代の衣装への移り変わりを見たりすると、女性の意識も大きく変わっていった時代なんだろうなと感じられたりします。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。