聖カテリーナの刑具の車輪はどんなもの?

芸術を読み解く
02 /22 2017
宗教美術の中で、殉教聖人は殉教の印である「棕櫚の葉」や、刑具を持って表現されます。
アレキサンドリアの聖女カテリーナは刃がついた車輪と一緒に表現されます。

ラッファエッロの描いた聖カテリーナ
カテリーナ
このように車輪と一緒に描かれるカテリーナ、時には破壊された車輪が出てくることがあります。

アルメニアの王子とキプロスの王女の間に生まれた3世紀の聖女カテリーナは、ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝とも血縁関係にあります。
14歳のとき父王の後を継ぎ女王に即位した聖女は、生涯純潔を通す決心をし「血筋、富、知恵、容姿のいずれにおいても自分に勝る」相手なら結婚すると宣言します。
この後、カテリーナは隠者アドリアヌスの導きにより、砂漠の中の幻の聖堂でイエスと結婚式を挙げます。

このころ皇帝マクセンティウスがアレクサンドリアに到来し、異教の祝祭を挙行しますが、18歳のカテリーナは多くの人間を神への生贄を捧げようとしている皇帝を止めます。皇帝が雇った学識高い50人の学者と弁論家と対決させてもカテリーナに異教の優越性を示すことはできませんでした。
皇帝はカテリーナを愛妾に、さらには皇妃にしようと申し出ますが彼女はこれを拒否します。
高官の提案により、カタリナは刃が付いた車輪を組み合わせた恐ろしい刑具で殺されることになりました。
ところが天使が車輪を破壊したので、飛び散った破片に当たって4000人の異教徒が死んだとされます。

この刑具「刃がついた恐ろしい車輪」がカテリーナのアトリビュート(西洋美術において人物や神と関連付けられた持ち物で、持ち主を特定する役割を果たします)なのです。

ところでこの車輪はどのように使われるものだったのでしょうか?
私は犠牲者を地面に固定して、その上を車輪が回っていくというイメージを持っていたのですが…
シエナのピナコテーカの中で次のような絵を発見しました。
santa caterina
これはかなり痛そうです。カテリーナの車輪は天使が破壊してくれたようですが、このような拷問用具が実際に使われていたのかどうか?
イタリアにはいろんな都市に拷問用具の博物館があるのですが、怖くて入って確認する気にもなれません。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。