新古典主義へ

アルノ河南地区
02 /23 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。日本人のグループではパラティーナ美術館を訪れることがたまにあるぐらいです。パラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介していきたいと思います。

2013年から「パラティーナ・ギャラリー」「モニュメンタル・アパートメント」「近代美術館」の3つがセット料金チケットとなっています。

Sala 1
1748年からピエトロ・レオポルド公が始動させた美術アカデミーの改革によって、フィレンツェには国際的新古典主義を追求する機関が設置されました。
ハプスブルク家が他の町、ウィーンやミラノに設置したものと同等の権威ある施設です。
こうしてトスカーナでは後期バロックを超えて新しい風が芸術界に吹き込まれます。主にサンティ・パチーニやピエトロ・ペドローニの指導による影響が大きく、ポンペオ・バトーニやフランチェスコ・カッラドーリ、ステファノ・リッチなどの芸術家も活躍しました。
トスカーナ大公はガスパレ・ランディの絵画作品や、有名なピエトロ・テネラーニ作「見捨てられたプシュケ」などを購入して、新しい流行を後押しします。美しく理想的な形態を追求する新古典主義の優位は王朝復古期(1915〜1930年)まで続いていくことになります。

「ナポレオンの胸像」アントニオ・カノーヴァ
正面ではなく斜めを向いた胸像です。決断に満ち、視線は鋭く、それでいながら穏やかな表情のナポレオンは英雄のような雰囲気を醸し出しています。
鼻や唇、髪の毛まで細やかな配慮で表現されています。まとまった巻き毛が額やこめかみにかかる様子は古代の胸像を真似たものです。
napoleone

「見捨てられたプシュケ」ピエトロ・テネラーニ作
テネラーニ (1789 – 1869)はカッラーラ近郊で生まれたイタリアの彫刻家です。調和感のあるデリケートな形態の彫刻が得意で、イタリアのpurismo(純粋主義→宗教的なインスピレーションの芸術への回帰と、14〜15世紀の美術の再評価)の声明文に署名した一人でもありました。このプシュケは彼の代表作品の一つです。
arte moderno2
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。