ピッティに住まったナポレオンの妹

アルノ河南地区
02 /24 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。ラッファエッロやルーベンスの絵があるパラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介する第2弾!

※「近代美術ギャラリー」は、2013年から「パラティーナ・ギャラリー」「モニュメンタル・アパートメント」「近代美術館」の3つがセット料金チケットとなっています。

Sala 2
ナポレオン軍によるフィレンツェ占拠により、1807年からナポレオンの妹エリーザ・バチョッキがピッティ宮殿に住まうことになります。これはトスカーナの美術にも大きな影響を与えました。彼女は美術の各分野において作品を依頼し、プロモーションを行ったのです。
短くも豊かであったこの時期の主役は、エリーザから美術アカデミーの学長に任命されたピエトロ・ベンヴェヌーティでした。
ピエトロ・ベンヴェヌーティが描いたナポレオンの勇姿。
napoleoni
また18世紀終わりにローマからフィレンツェにやってきたフランス画家たち(Boguet, Gauffir, Fabre, Gagneraux)も活躍します。
アントニオ・カノーヴァはカリオペの胸像の他にも「イタリアのヴィーナス」をピッティ宮殿に残します。これはメディチのコレクションをフランスに移したことへの穴埋めの意味がありました。
「イタリアのヴィーナス」は現在はパラティーナ美術館に展示されています。

さらにアンピール様式(19世紀初めのフランスの建築・工芸様式の一つ。古典主義の形態で、力強く荘重作風)のピッティ宮殿への導入が行われ、エレガントな調度が今も残っています。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。