歴史を描いたロマン主義の芸術家

アルノ河南地区
02 /27 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。ラッファエッロやルーベンスの絵があるパラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介する第5弾!

※「近代美術ギャラリー」は、2013年から「パラティーナ・ギャラリー」「モニュメンタル・アパートメント」「近代美術館」の3つがセット料金チケットとなっています。

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「ついにヴィーナスが、アドニスやアモルが、ミネルヴァ、プシュケ、ガニュメデスが、恐ろしいげな髭面のユピテルやプルトンが、最後には全ての狂気に彩られた淫らな神話の冒険が、19世紀の賢明な絵画の世界によって追放された」とDefendente Sacchi (ジャーナリストで哲学者、作家)が宣言しました。
中世やルネッサンス時代の英雄の高潔無私な行動を絵画で表現したアイエツの絵画に向けた賞賛の言葉でした。

祖国の歴史を辿る物語は、ロマン主義の人々の新しい情熱や思いを掻き立てることができたのです。

アイエツ作「サムソン」
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この考えは、歴史物語を描くアカデミーの画家たちの間で具現されていきました。
Sabatelli親子(LuigiとGaetano)やGuiseppe Bezzuoliといった画家たちが活躍します。新古典主義の危機に、古代の規範を超えることができると確信し、近代の歴史をテーマにしただけではなく、16〜17世紀のイタリア美術の代表的絵画例を復活させて自然主義のコンセプトも取り入れようとしました。

ジュゼッペ・ベッツォーリ作「アッダ川を渡ろうとする黒帯のジョヴァンニ」
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ジョヴァンニは初代トスカーナ大公となったメディチ家のコジモ1世の父親で、傭兵隊長です。
16世紀のイタリア戦争は、主にハプスブルク家(神聖ローマ帝国・スペイン)とヴァロワ家(フランス)がイタリアを巡って繰り広げました。カール5世はフランスに占領されたミラノ公国をスフォルツァ家に返すためにメディチ家出身のローマ法王レオ10世と同盟を組みます。アッダ川を挟んで対峙した両軍、コロンナ隊長の指揮下で傭兵隊長であったジョヴァンニは、フランス側の隊長ペポリを捕らえることに成功します。3日後にスペイン軍はミラノに入城し、スフォルツァ家はパヴィーア、ローディ、コモも取り返すことができました。
「ルネサンス最後の傭兵隊長」と賞讃されたジョヴァンニ、彼が生きていれば、1527年のローマ略奪もまた違った結果になっていたかもしれません。ジョヴァンニはその前年に敗血症により死亡しています。

ジョヴァンニ・デュプレ作「カイン」
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ジョヴァンニ・デュプレ作「死にゆくアベル」
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デュプレはシエナ出身の19世紀のイタリア人彫刻家です。「アベル」のオリジナルは大理石でできています。バルトリーニやパンパローニによって絶賛された作品ですが、他の批評家からは実物の人間から石膏の型をとったのだろうと批判されていました。モデルの男性が同じポーズをとって、ディメンションが違うことでその疑いを晴らしたと言います。作品はロシア皇帝によって買い取られ、現在はエルミタージュにあります。フィレンツェにはブロンズのコピーが展示されているのです。
デュプレに対する批判を打ち消すために、デル・ベニーノ男爵が立像を彫ることを提案し、アベルの1年後に「カイン」が制作されました。こちらもオリジナルはエルミタージュに展示されています。
デュプレ
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。