アントニオ・チゼーリと著名人肖像画

アルノ河南地区
03 /01 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。ラッファエッロやルーベンスの絵があるパラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介する第7弾!

※「近代美術ギャラリー」は、2013年から「パラティーナ・ギャラリー」「モニュメンタル・アパートメント」「近代美術館」の3つがセット料金チケットとなっています。

Sala 7
1871年にアントニオ・チゼーリが、ベッレドンネ通りにあったアトリエに肖像画展示会を設営した時、入場を制限しなければいけないほどの人気を呼んだそうです。

彼は下記のスタイルの主唱者でした。
●デザイン優位
●本能的な自然主義を排除をしながらも、Ingresに倣ったフランス人たちのように自然に忠実である

人間の容貌を描くことに優秀であったチゼーリは、簡潔な骨格を使い、また形態への細心の注意を払うスタイルでした。こうして生み出された人間像が抽象的な地色の上に鮮やかに表現されているのです。

「母の肖像」アントニオ・チゼーリ作
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余計なものは省き、人間そのものに鑑賞者の注意が惹きつけられます。
内省に重心を置いたスタイルの質の高さによって、画家の評価はうなぎのぼり、当時の著名人たちがこぞって彼に肖像画を依頼しました。

「アントニオ・トンマーズィの肖像」アントニオ・チゼーリ作
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Donato Antonio Tommasiは、両シチリア王国(19世紀の南イタリアに存在、ブルボン家支配下のシチリア王国とナポリ王国が合併して成立した国)の閣僚。

「エミリオ・ゾッキの肖像」ラッファエッロ・ソルビ作 1868年 
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エミリオは大理石の彫刻家を叔父に持ち、8歳の頃から彫刻を学んだとされます。のちにコストリやデュプレを師匠に修業しました。サンタ・クローチェ教会の装飾などに携わっています。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。