愛国テーマ

アルノ河南地区
03 /09 2017
フィレンツェの支配者であったメディチ家が住んでいたピッティ宮殿。
その中には多くの美術館が併設されています。ラッファエッロやルーベンスの絵があるパラティーナ美術館からさらに階段を登った3階にある「「La Galleria d'arte moderna 近代美術ギャラリー」の作品と部屋を紹介する第14弾!

Sala 13
イタリア統一前夜に起きた一連の事件の詳細を知りたいと言う熱望が、イタリア臨時政府に1859年の芸術各分野のコンクールを公布させることになりました。
サヴォイ家の保護下で統一国家が再建されたことを記念することが目的です。

闘争時にイタリアには祝福すべき新しい英雄たちが生まれていました。
そこで聖者賛美風に英雄たちの偉業を視覚化する、プロパガンダ事業が急務だったのです。
また民主主義の希求に応え、芸術家たちの新しいジェネレーションは、歴史の小さなエピソードにも注目して再現することになります。
その中には民衆の抑圧された苦しみを、人間の心に響くように表現するアートも含まれていました。

「カプレーラのガリバルディ」ピエトロ・センノ作
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カプレーラ島は、サルデーニャ島の北西部、マッダレーナ島の東にある島で、マッダレーナ島とは水道と橋で結ばれています。イタリア統一運動リソルジメントにおける英雄、ガリバルディが土地を購入し、隠棲したことで有名です。

「マジェンタの戦いの後のイタリア陣営」ジョヴァンニ・ファットーリ作
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マジェンタ(ミラノ近郊)の戦いは、1859年にサルデーニャ王国軍とフランスの連合軍VS.オーストリア=ハンガリー帝国軍で行われた戦闘で、 サルデーニャ・フランス連合が勝利しました。オーストリア軍はロンバルディアの大部分からの撤退を余儀なくされ、ナポレオン3世とヴィットーリオ・エマヌエーレ2世はミラノに入城します。
ちなみに、この年に発明された染料にマゼンタという名前がつけられたとか、戦闘中にフランス兵が着ていた制服の赤紫色をマゼンタと呼ぶようになったなどの説があります。

「郵便局からの帰り道」アウグスト・リヴァルタ作
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エレガントな服を着た婦人が道すがら手紙を読んでいます。長いスカートに腰の部分が締まったジャケット、首にはダチョウの羽の襟巻きを巻いています。芸術家は私的で自然な瞬間を配慮しながら表現しています。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。