ヴォルテッラのエトルリアの門

ピサ県
05 /10 2017
エトルリア文明の主要都市であったヴォルテッラには、その時代の門が残っています。
アーチ門2
La Porta dell'Arco(アーチの門)と呼ばれ、紀元前4〜3世紀の建築物であるとされています。
当時の町を守っていた壁の一部、南側の門でした。ちなみに町の反対側、北側にはディアナの門がありましたが、側柱しか残っていません。おそらく上部は木製であったため残っていないと考えられています。

「アーチの門」は他の町に残っているエトルリア時代の門と似ており、ローマによるヴォルテッラ征服時にも破壊されなかった数少ない建築の一つです。

凝灰岩の大きなブロックでできています。色彩が豊かなのは3色の石を使っているからで、側柱は黄色がかった石、アーチは灰色、3つの頭部彫刻は赤茶けています。

3つの頭部はユピテルと町の守護神であるカストルとポリュデウケス(ユピテルとレダの間に生まれた双子)という説と、ユピテルとウニ(エトルリアの女神でローマ神話のユノーにあたる)とミネルヴァという説があります。
このように三人組の神を表現したモチーフをtriadeと呼びます。

市壁の上にこのように頭部を飾るモチーフは、古くに敵の武将の頭を壁に掲げ、敵に警告を与える習慣から由来しています。

そして頭部を含むアーチの部分は後に改築された部分です。
門は部分によって3つの時代に建設されたものなのです。
紀元前4〜3世紀 左右の柱の部分がエトルリア時代
紀元前1世紀  上のアーチの部分がローマ帝国時代の改築
13世紀     アーチが組み込まれ市壁が中世

1944年にはナチスがアメリカ軍を通さないように、この門を破壊しようとしました。市民の反対を受け、ナチスは市民に24時間の猶予を与えます。
そこで市民は小石などで門を埋め、アーチを守ったそうです。

町の内部から見たアーチ門
アーチ門1
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。