ミケランジェロの師匠はギルランダイオ(花輪職人)?

ちょっとかじる歴史の話
06 /01 2017
フェスタ(祝祭)の時に使われていたフェストーネというデコレーションについて、前回の日記に書きました。
伊語辞書を見るとフェストーネは「花綱」そしてギルランダは「花輪」と出てきます。

「ヨーロッパの装飾と文様」(海野弘著)には「フェストゥーンは祝祭の花飾り全体を、ガーランドは個々の花飾りを意味するようだ」と書かれています。

イタリアのWikipedia にはギルランダは「祝祭時の花の飾り」

う〜ん、二つの違いはどうやら曖昧のようです…

ところでルネッサンス時代のフィレンツェの画家にドメニコ・ギルランダイオという人物がいます。
大きな工房を経営していた人気の芸術家で、その下で一時期はミケランジェロも修行していたとか。
この苗字「ギルランダイオ」から、ドメニコは花輪職人の家に生まれたというイメージをずっと持っていたのですが…

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会 トルナブオーニ礼拝堂
こちらに視線を向けているのがドメニコ(自画像)です。
ギルランダイオ
ドメニコは貴金属細工師トンマーゾ・ディ・コッラーディの5人の息子の長男に生まれました。
トンマーゾはアリエント通りに工房を持つ職人でした。
同業の職人が集まっている場所だったので、アルジェント(銀)通りから、アリエント通りという現在の名前がきているそうです。
ジョルジョ・ヴァザーリの証言では、トンマーゾは若いフィレンツェの貴婦人の頭に飾る銀製のギルランダを彫金して、名声を博した職人だったというのです。
しかしヴァザーリの本は見聞したことを書いているので、時には(しばしば?)間違いもあります。
実際にはトンマーゾの工房は、メダルや羽毛を使った輪状の飾りを安価に製作することを専門にしたそうです。

ということは、花を使っていなくても、輪状の飾りをギルランダと呼んでいたのかもしれませんね。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。