ミケランジェロの師匠ギルランダイオの3枚の「最後の晩餐」を比較します。
描いた順番は
1476年 パッシニャーノ修道院
1480年 オニッサンティ修道院
1486年 サンマルコ修道院

オニッサンティの作品は前回紹介したので、残りの2作品について書きます。

パッシニャーノ修道院ヴァージョン
cena di passignano

フィレンツェ近郊のTavarnelle Val di Pesaにあるパッシニャーノ修道院のために描いた作品です。
ギルランダイオが初めて「最後の晩餐」のテーマを扱いました。兄弟のダヴィデの協力で作成されたもので、修道院長の指示にしたがって描きました。
絵の中で修道院の環境を設定し、15世紀の建築、四角い箱のような空間を扱っている点はアンドレア・デル・カスターニョの「最後の晩餐」に似ています。しかし空間の大きさと使徒の大きさは不釣り合いです(使徒が立つと、天井に頭が届いてしまうでしょう)
イエスは晴れやかな様子で使徒に祝福の印を送り、ユダは自分の裏切を自覚しており、視線を下に向けて視線を合わせないようにしています。彼の髪の毛は整っておらず、孤独で沈んだ様子です。
他の使徒たちは美しい若者、あるいはしわをたたえた老人の姿です。仕草は堅く、不自然です。ピエトロがこの場面でナイフを持っているのは、この後イエスを逮捕しようとする兵士と対峙する場面を予想させるものです。
アンドレア・デル・カスターニョと大きく違うのは、テーブルの上の静物の豊かさで、リアリズムをもって描かれた食器類は、細かい部分まで描き込むフランドル派の影響です。

さてオニッサンティ教会ヴァージョンの次、3枚目に描かれたのがサンマルコ修道院の作品です。
1486年の作品。オニッサンティの6年後です。
cena di san marco
この時期、ギルランダイオはすでにフィレンツェの大穂油滴な画家と認められていました。サンマルコに彼が「最後の晩餐」を描いたのは小食堂で、ここでは僧侶ではなく、修道院の客が食事をする場所でした。

ギルランダイオはその名声のため大変忙しい画家となっていましたので、オニッサンティのヴァージョンに近い下絵を制作し、実際の作業は兄弟のダヴィデとセバスティアーノ・マイナルディに任せたようです。

オニッサンティの様式を繰り返して「U字」型のテーブルを設定しました。実際の部屋に呼応した建築、開廊の向こうの庭までそっくりです。少し違うのはテーブルの曲がった面にも使徒を配置したことです。
オニッサンティの作品に比べると、壮大で悲壮な雰囲気があります。ユダが手にパンを持っていることから、イエスが裏切りの人物を特定した後の場面となり、使徒の動揺も静まりつつあります。ユダの足下の猫は裏切りの象徴ですが、まるで飼い猫が餌を待っているかのような様子です。
テーブルの上の水とワインの瓶、グラス、ナイフ、パン、チーズ、フルーツ、静物もフランドル派の影響を受け、リアル感があります。サクランボの赤い実は「血」の象徴です。

使徒の座っているの椅子の背もたれには実際にミサで使われる文句が書かれています。天の世界への旅立ちを示唆する言葉です。
また花瓶のバラとユリはマリアのシンボルです。
オニッサンティのフレスコと違って、絵の中に差す光の方向は実際の部屋の窓には対応していません。