ラファエッロ没後500周年の展示会レポート第1弾です。

ローマのScuderie del Quirinaleにて行われています。
(予定されていた期間は3月5日から6月5日まででしたが、展示会が始まって1週間ほどでイタリアがロックダウンしたため、展示会も一回閉まりました。そしてロックダウン終了後に再び開催されています)

展示会場に上がっていく階段の横に表示されていたこちら、あれ?生年と没年が反対になっている?

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実はこの展示会はラファエロの晩年から若い時代へと、彼の一生を遡る展示形式なのです。

同じく展示会の入り口にあった絵画。
誰の作品かわからなかったのですが、ラファエロの葬式の様子です(コロナウィルスのために、厳しい人数制限が行われた上に一部屋に滞在できるのが5分だったので、全部チェックできなかった)

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ラファエロによるパンテオンのデッサン
彼自身の希望により、彼はこの場所に葬られることになります。

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パンテオンにあるラファエロの墓の再現

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ラファエロは亡くなった翌日にパンテオンに埋葬されました。
何世紀も経つと、彼の埋葬場所に関する情報が錯綜し、サンタ・マリア・ソープラ・ミネルヴァ教会に墓があると思われたり、聖ルカ・アカデミーがラファエロの頭蓋骨を所有していると主張しました。

そこで1833年にパンテオン内部が調査され、レンガのアーチの下にラファエロの遺骸が発見されたのです。
そして聖ルカ(芸術家の守護聖人)の祝日に、遺骸は元の場所に戻されました。


「キリストの変容」のための習作

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「キリストの変容」はラファエロが1516年から1520年まで手がけた作品で、バチカン美術館に所蔵されています。

ジュリオ・デ・メディチ枢機卿(後の法王クレメンテ7世)の依頼で、ラファエロが亡くなるまでこの作品に取り組んでいました。

場面右下に挿入された「悪魔に憑かれた少年」部分の習作

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この部分はラファエロの死後に弟子によって完成されたと考えられていましたが、修復の過程でほぼラファエロの直筆であったことが判明しました。


次回に続きます!