ロミオとジュリエットの町 ヴェローナ

ヴェネト州
10 /29 2012
ヴェネト州の都市ヴェローナは、人口26万人の北イタリアの町です。2000年から「ヴェローナ市街」がユネスコの世界遺産に登録されており、何と言っても『ロミオとジュリエット』の舞台として有名な町です。

古代にはヴェローナの集落は、エトルリア人やガリア人、ローマ人と交流を持っていました。
紀元前3世紀には共和政ローマとの同盟関係となり、ガリア人やカルタゴとの戦いではローマの同盟都市として戦っています。
紀元前1世紀、正式なローマ都市となり、フォルムや、円形競技場、円形劇場などローマ都市としての体裁を整えていきます。アディジェ川のほとりにあるヴェローナは、四つの街道が交わる交通の要衝であったため、たびたび戦いの舞台となりました。

ヴェローナの町中を流れるアディジェ川は、ポー川に続いてイタリアで2番目に長い川です。
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5世紀に東ゴート王テオドリックはヴェローナに軍隊を集め、自らも好んで滞在したため、ヴェローナは彼の都となります。その後テオドリックが東ローマ帝国に敗れると、東ローマ帝国の版図に入ります。
6世紀半ばにはランゴバルト族が侵入してきます。ランゴバルト族は最初は掠奪や殺戮を行っていましたが、キリスト教に改宗してのちは落ち着きます。
8世紀にはシャルルマーニュがランゴバルト王を破り、ランゴバルト王国を滅ぼします。このカロリング朝の没落により、ようやくヴェローナの非イタリア人支配の時代が終わります。

12世紀にヴェローナは自治都市となります。幾つかの有力な貴族によって統治されたヴェローナは、ギッベリーニとグエルフィの争いの時代には、皇帝派(ギッベリー二)についていました。
ヴェローナの支配者はスカリジェリ家(デッラ・スカラ家)、ヴィスコンティ家、パドヴァのカッラーラ家と変わっていきますが、この闘争時代がシェイクスピアの戯曲の舞台になっているのです。

15世紀にヴェローナはヴェネツィアの支配下に入ることになります。この支配は、ヴェネツィア共和国の終焉(18世紀末)まで続きました。
エルバ広場の聖マルコのシンボル「有翼のライオン」はヴェネツィア支配の印でもあります。
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ナポレオンによってヴェネツィア共和国が滅びると、ヴェローナはフランスの支配下へ、さらにオーストリア領になり、19世紀にイタリア統一がなされるまで同国の支配下にありました。
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コメント

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とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。