聖アンナの日に追放された支配者

フィレンツェ市
11 /11 2012
フィレンツェの中心街にあるオルサンミケーレ教会。その内部には聖アンナの祭壇があります。聖アンナはマリア様の母親ですから、血は繋がっていませんがイエスの祖母にあたる人物です。
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聖アンナと聖母子の3人の像は、16世紀にフランチェスコ・ダ・サンガッロによって製作された作品です。もともとここにあったアテネ公追放記念に政府依頼で製作された絵画作品の代わりに設置されました。

14世紀にアテネ公グアルティエリという、フランス系の貴族がいました。
グアルティエリはフィレンツェ共和国の長官として迎え入れられます。
ちょうどフィレンツェは、イギリス王エドワード3世がフィレンツェの銀行から借りた金の返済をしなかったことから、経済危機を迎えていました。銀行の破産と疫病ペストの蔓延、これが時代の様相を暗いものにしていました。
外国人を長官に据えるのは、グエルフィ派とギッベリーニ派の闘争時代、一方の党派に有利な政策が行われないように、双方につながりのない外国人を使うようになっていたからです。もちろん期限つきでした。

ところがグアルティエリは50年前にフィレンツェから追放され地方領主となっていた貴族と結び、フィレンツェに専制支配を敷こうとしました。こうしてわずか長官に指名されて10ヶ月後にフィレンツェは彼に叛旗を翻し、1343年7月26日(聖アンナの日)アテネ公は追放されます。

こちらはオルカーニャによって描かれたヴェッキオ宮殿を守りアテネ公を追放する聖アンナの像です。
聖アンナ
僭主を追放したこの事件はフィレンツェ市民の間で、まるで伝説のように扱われている出来事なのです。
アテネ公追放はフィレンツェ共和国の栄光ある歴史として語られ、その記念碑としての聖アンナ像がオルサンミケーレ教会に飾られているのです。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。