教会ではなぜ男性だけが帽子をとるの?

イタリアのトリビア
01 /14 2013
この質問、おそらくガイド生活の中で一番多く耳にした質問かもしれません。
教会に入る時になぜ男性は帽子をとらなければならないのか?どうして女性の帽子はつけたままでいいのか?
男女差別ではないのか?

男性のほうが帽子をつけなけらばならならない宗教もありますし、女性がベールをつけることが義務化されている宗教もあるのですから、文化的・宗教的習慣といってしまえば、それまでなのですが…

その昔、イタリア人のガイドから教わった答えはこうでした。
「男性の場合、帽子を屋外でかぶり屋内で脱ぐのがエチケット。女性の場合は、帽子は正装の一部とされている為、とらなくてもいい」

クリスチャンの方によると「新約聖書の「コリント信徒への手紙」にあるパウロの言葉がもとになっているということです。その部分は

11:4 男はだれでも祈ったり、預言したりする際に、頭に物をかぶるなら、自分の頭を侮辱することになります。
11:5 女はだれでも祈ったり、預言したりする際に、頭に物をかぶらないなら、その頭を侮辱することになります。それは、髪の毛をそり落としたのと同じだからです。
11:6 女が頭に物をかぶらないなら、髪の毛を切ってしまいなさい。女にとって髪の毛を切ったり、そり落としたりするのが恥ずかしいことなら、頭に物をかぶるべきです。
11:7 男は神の姿と栄光を映す者ですから、頭に物をかぶるべきではありません。

神は自分の姿に似せて人間(男性)をつくったので、その姿を隠してはいけませんということなのでしょうか。
反対に男性からつくられた女性は頭を隠さないほうが恥ずかしいと。

「男性だけが教会で帽子をとる」ということに対して質問された方は「なぜ女性はいいんだ。女性を贔屓している」という感覚をもたれたのだと思うのですが、上の説明だと、どちらかというと男尊女卑のような感じがしませんか?
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コメント

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前々から思っていましたが、男尊女卑という言葉自体に問題が有りますよね〜

ただ聖書が言っているのは霊の質を言っているのです。霊的に男の霊の方がよりキリストに近い。だからキリストは男だったし、12人の弟子も男だけで構成されていました。

教会とは本来、霊と誠によって真の神を礼拝する場所ですから霊的な作法をパウロは手紙にしたんです。

ちなみに最近はジェンダーフリーやニューハーフや女主導などの風潮が有りますが、悪魔や悪霊が神にケンカを売るような感じで推し進めていることですよ

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。