コンクラーヴェは13世紀から

ちょっとかじる歴史の話
03 /07 2013
ベネディクト16世が法王の座を降りたことにより、新しい法王を選出するための会議コンクラーヴェがもうすぐバチカンで始まります。

コンクラーヴェ "cum clavi"
は「鍵がかかった」の意味です。
現在のように枢機卿団が教皇選出の任務を担うようになったのは11世紀から。そして13世紀に教皇選挙が紛糾して3年近く空位が続き、怒った民衆が選挙者たちを会場から出られないように閉じ込めたことが、コンクラーヴェの起源とされます。
つまり11世紀から現在の選出会議の形ができて、13世紀からコンクラーヴェという密閉された空間で行われることになったのです。

その時代から、ヨハネ・パウロ2世が法王に選ばれた1978年のコンクラーヴェまでは選挙者たちがシスティーナ礼拝堂内に閉じ込められるという慣例になっていましたが、2005年のコンクラーヴェからは廃止されました。これはヨハネ・パウロ2世がコンクラーヴェに関しての決まりを改革したためです。現在は枢機卿はドムス・サンクテ・マルテ(聖マルタの家)という宿舎で生活しながら、システィーナ礼拝堂に投票に赴くことになっていますので、以前にようにシスティーナに缶詰ではないのです(ただし外界と電話などで接触を持つことは禁止されています)

ベネディクト16世が辞職の意をあらわしたのはその年齢と健康状態が原因ということですが、今までは基本的に法王は亡くなるまでその職にあることが基本となっているので、今回の辞職はかなり異色なこと。
法王が生存中に辞職するのは600年ぶりなのですが、その600年前の事例もシスマ(教会大分裂)を解消するため、半ば強制的に辞めさせられので、自分から辞職する意思を表した例は、さらに13世紀のケレスティヌス5世まで遡らなければなりません。

参照
・松本宣郎「キリスト教の歴史〈1〉初期キリスト教~宗教改革 (宗教の世界史)」
・小田垣雅也「キリスト教の歴史」
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。