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羅針盤
01 /01 2018
当ブログでは、フィレンツェ在住の日本人ガイドがフィレンツェを中心としたイタリアの情報を書いています。
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羅針盤2

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レオポルド枢機卿のコレクション〜2〜

アルノ河南地区
11 /25 2017
フィレンツェのピッティ宮殿にて行われている特別展「レオポルド・デ・メディチ 収集家の王子」の展示作品をちらっと紹介します。
展示会期間は2017年11月7日〜2018年1月28日
ピッティ宮殿地上階の「大公の宝物殿 Tesoro dei Granduchi」の区画にて公開されています。
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レオポルド枢機卿は様々な方面に興味を持ち、幅広い分野のコレクションを行なっていました。
その中に紙や羊皮紙の上に描かれたデッサンのコレクションがあります。

彼がまだ若い頃にデッサン画を試みたことがあり、その頃から有名な画家のデッサンをコレクションしたのだとか。
以前にメディチ家が収集したデッサンも、彼はもちろん知っていました。中にはヴァザーリの遺産から来た作品もあります。
1650年にはレオポルドのコレクションは体系的になっていました。当時の美術品の重要な売買ポイントはローマ、ボローニャ、ヴェネツィア、さらにもっと小さな取引場であったジェノヴァやクレモナなどでメディチ家の代理人が美術品の買取をしてます。

「マリアの訪問」フランチェスコ・サルヴィアーティ作 16世紀
ローマのサン・ジョヴァンニ・デッコラート祈祷所のために1538年にサルヴィアーティが描いたフレスコ画のデッサン。
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「聖母被昇天」ルーベンスと協力者 1637年ごろ
1659年にメディチ家の代理人によってアントワープからフィレンツェに送られた作品。Jan Philip Happartが所有していたルーベンス関連の作品を全て買い取りました。
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「裸の男性像」ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ 1647年ごろ
ローマのメディチ家代理人パオロ・フォルコニエーリがレオポルド枢機卿にベルニーニのデッサンを購入できる可能性を伝えています。ナヴォーナ広場の4つの河の噴水、ナイル川の像の準備デッサンと考えられています。
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「聖ヒエロニムスの頭部」アンドレア・デル・ヴェロッキオ作 1465年ごろ
1663年のレオポルドのコレクション目録に記録されています。当初はポッライオーロの作品と考えられていました。
他の枢機卿の所有でしたが、その枢機卿の死後にレオポルドの兄弟によって買い取られます。
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こうやってみるとルネッサンスからバロックまでの巨匠の作品が収集されていますね。

larva convivialis 〜テーブルの骸骨〜

芸術を読み解く
11 /24 2017
2017年秋、ピッティ宮殿に行われているメディチ家レオポルド枢機卿のコレクションの展示会にて、非常に変わった作品を見ました。
「larva convivialis」と呼ばれる小さなブロンズの骸骨です。
副題として「scheltoro da tavola テーブルの骸骨」と書かれていました。
残念ながら写真を撮り忘れてしまったのでウェブで探した画像だと、こんな感じです。
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古代ローマではこのような骸骨をテーブルの上に飾って食事をすることがあったとか。
これはメメントモリの一種で、明日があるかわからない生身の人間であることを忘れずに、一期一会の食事を心から楽しむという意味があるそうです。

そういえば古代ローマでは凱旋した将軍には月桂冠を形取った金の冠が与えられました。
金の冠を頭に勝利の凱旋を練り歩く間、将軍の頭の上に冠を支える奴隷がいて、メメントモリを詠唱するのが慣習だったとか。

「メメント・モリ」の趣旨は carpe diem(今を楽しめ)「食べ、飲め、そして陽気になろう。我々は明日死ぬから」です。

スペイン王の孫たち〜2〜

アルノ河南地区
11 /23 2017
ピッティ宮殿のパラティーナ美術館にて行われている肖像画の展示会「スペイン王の孫たち I nipoti del re di Spagna」をご紹する第2弾です。
開催期間 2017年9月18日〜2018年1月7日
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スペイン王カルロス3世の孫たち、つまりトスカーナ大公ピエトロ・レオポルド(のちに神聖ローマ皇帝レオポルド2世)とカルロスの娘マリア・ルドヴィカの間に生まれた子供は16人もいます!

「トスカーナ大公ピエトロ・レオポルドと家族」
 Wilhelm Berczy作 1781年

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この絵が描かれた時点で二人の間には10人の子供がいました。日常的な雰囲気が溢れる作品で、小さな子供達は遊んでいます。大きな子供達は地球儀を指差したり、楽器を奏でたり、教育を受けている場面です。

「マリア・テレーザの肖像」
 アントン・ラファエル・メングス作 1770年

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カルロス3世の依頼により、画家がフィレンツェで描いた作品の1枚です。
ピエトロ・レオポルドの長女で、祖母(女帝マリア・テレーザ)と同じ名前を持っています。
3歳ぐらいの肖像で、ベラスケスの絵にも見られるようなスペインで流行した横に広がるスカートを着ています。

「フランチェスコの肖像」
 アントン・ラファエル・メングス作 1770年

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ピエトロ・レオポルドの長男で、2歳半ぐらい。
まだ足元もおぼつかない歳ですが、豪華な椅子に寄りかかり指差す仕草は、さながら小さな君主のポーズです。

「ハプスブルク・ロレーナのフランチェスコの肖像」
 Johan Zoffazy作 1775年

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ちょっと成長したフランチェスコくん、7歳です。まだまだ幼いのに、神聖ローマ帝国の後継者としての姿で描かれています。

「フェルディナンドとマリア・アンナの肖像」
アントン・ラファエル・メングス作 1770年

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バロック時代の典型的な公式肖像画で、豪華な衣装と家具に囲まれた君主の子供達の様子です。
フェルディナンドはピエトロ・レオポルドの跡を継いでトスカーナ大公フェルディナンド3世になります。

「コンピアント」
アントン・ラファエル・メングス作 1779年

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メングスの唯一の自筆サインが入っている作品です。13世紀まで遡ることができるフィレンツェのリヌッチーニ家の注文でラファエロ作「聖家族」と対になるように描かれました。修復によって色彩の美しさが際立つ作品となりました。現在は個人の所有となっています。

この特別展はパラティーナ美術館の最後の方、壁龕の部屋で開催されています。子供達の肖像画の多くは普段はプラド美術館に展示されています。

スペイン王の孫たち〜1〜

アルノ河南地区
11 /22 2017
ピッティ宮殿のパラティーナ美術館にて行われている肖像画の展示会「スペイン王の孫たち I nipoti del re di Spagna」をご紹介します。
開催期間 2017年9月18日〜2018年1月7日
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この展示会は、ウッフィツィ美術館が新しく購入したAnton Raphael Mengsの絵画作品を紹介するために催されています。
ポスターはトスカーナ大公ピエトロ・レオポルドの二人の子供フェデリコとアンナ・マリアを描いた作品です。1720年代に画家がフィレンツェに滞在していた時期に制作されましたが完成には至らず、画家の娘の手に渡りました。近年になってその子孫が所有していることがわかったものです。

アントン・ラファエル・メングスは、18世紀のドイツの画家で、ローマ、マドリード、ザクセンなどで活動し、スペイン王カルロス3世の宮廷画家として有名です。新古典主義における先駆者でした。

「スペイン王カルロス3世の肖像画」
 メングス作 1767年
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カルロス3世は、ナポリ・シチリア王で、のちブルボン朝のスペイン王となった啓蒙専制君主です。
スペインのフェリペ5世とパルマ公女エリザベッタ・ファルネーゼの間に生まれ、16歳でパルマ公になりました。
南イタリアは13世紀からスペイン領となっていましたが、スペイン継承戦争にてオーストリアに奪われました。ポーランド継承戦争ではカルロス3世がシチリアとナポリを取り戻します。
ナポリとシチリアは別々の王国でしたが、実質的にはこの時に両シチリア王国が成立しました。
異母兄の死去によりカルロスがスペイン王に即位。フランスと同盟を組んでイギリスに対抗します。

「ローマ皇帝フランツ1世と皇后マリア・テレジアと子供達」
 Martin van Meytens作 1756年
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こちらはハプスブルク家のメンバーがシェーンブルン宮殿に勢揃いの図。衣装博物館の所有の作品。
シェーンブルン宮殿にある同様の作品には11人の子供しか描かれていませんが、こちらのヴァージョンにはさらに新しく生まれた2人も揃っています。最終的に二人は16人の子供を授かっています。
このうち三男のピエトロ・レオポルドが父親の死後にトスカーナ大公の地位を受け継ぎます。
レオポルドはスペイン王カルロス3世の王女マリア・ルドヴィカ(ルドヴィカはイタリア語ではルイーザ)と結婚し、両親と同じく16人の子をもうけました。

「ハプスブルク、ロレーヌ家のピエトロ・レオポルドの肖像」
 メングス作 1770年
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ピエトロ・レオポルドはトスカーナにおいて啓蒙的改革を行います。チェーザレ・ベッカリーアの『犯罪と刑罰』の死刑廃止論に影響を受けて死刑の執行を停止しました。1786年にはヨーロッパの国として初めて、死刑そのものを完全に廃止。
トスカーナの軍縮を図り、余剰金を税率低減の財源とします。革新的すぎて施行できませんでしたが憲法の起草も命じています。
トスカーナ大公在位は25年に及びますが、兄ヨーゼフ2世が死去したため、レオポルドが神聖ローマ帝位を継ぎました。トスカーナ大公位は自分の次男のフェルディナンド3世に継がせます。

「ブルボン家のマリア・ルドヴィカの肖像」
 ロレンツォ・ティエポロ作 1763年
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1764年にピエトロ・レオポルドと結婚。
作品はパルマ公のコレクションから。ヴェネツィアの画家は、若さに満ちた王女を当時、貴族の間で流行していたオウムと一緒に描いています。

次回は二人の子供たちの肖像画を見て行きましょう。

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。