ポルティコの下を町歩き

写真館
06 /14 2018
エミリアロマーニャ州都ボローニャで撮った写真を紹介します。

北イタリアの都市によくみられるポルティコ(柱廊)
私有地でありながら人々が通り抜けられる屋根付きの空間です。
特にボローニャはポルティコ建設を義務にしていただけあって、ずっと柱廊の下を歩いていけます。
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暑い時期はポルティコの下で食事をしたりお茶したりと歓談の場所に!

サンタ・マリア・デッラ・ヴィータ教会の2階の祈祷所で「ネプチューン、水の建築家」という特別展をやっていました。
サイト→il Nettuno:architetto delle acque
ネプチューンの噴水の修復記念の展示会です。
「ネプチューンの噴水」の1/10モデル
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Bononia(古代ローマ帝国時代のボローニャの名前)時代に建設された水道橋から、中世の時代に運河の水を使っての産業の発達など、ボローニャと水の歴史を見ることができます。

こちらは本物のネプチューンの噴水。ルネッサンス時代の傑作の作品の1つで、ボローニャの町のシンボルです。
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インディペンデンツァ通りで絵を描いている画家。ボローニャを描いているのかと思ったら、リグーリア州の海を描いていました。油絵を一枚25ユーロで売っているとか。
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どうやらボローニャでは有名な人らしく新聞記事にもなっていました→Gianni Tinti, pittore di strada
最近はいつも道で描いているわけではないとのこと。トスカーナ田園風景の作品を購入させていただきました。
そういえばポルティコの下は職人さんたちが工房代わりに使っていた時代もあったんですよね。

万病を治す泉?

エミリアロマーニャ州
06 /13 2018
ボローニャのサント・ステファノ聖堂、またの名前を「il complesso delle Sette Chiese 7つの教会群」で撮った写真を紹介します。

聖堂の歴史については以前書いた日記を参照にどうぞ。
7つの教会 その1
7つの教会 その2
7つの教会 その3

教会正面がこちら。7つの教会のうちの3つがここから見えます。
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教会正面で振り返ると、素敵な広場が!
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マッジョーレ広場には大きさで敵いませんが、ポルティコに囲まれてとてもボローニャらしい広場です。

エルサレムの聖墳墓を真似た教会内部。クーポラ内部はレンガがぎっしり。
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教会床には地下の泉に降りる階段があります。もともとここには古代イシスの神殿があった可能性があり、イシスの神殿には必ず噴水がありました。
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この泉の水を小さいボトルに入れて売っているのですが2ユーロ!中世の頃から万病を治すと人気だったとか…14世紀には1日で150人の病人を治したそう。

ボローニャの妊婦たちが安産を祈ったと言われるマリア像。
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聖墳墓教会の外側。
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この建築を見ながらお客様が
「昔はバロックの華麗さやルネッサンスの知的さに惹かれることが多く、古臭いものにはそれほど魅力を感じなかったのが、だんだんと初期キリスト教美術やロマネスク様式の良さがわかってきました」とおっしゃってられましたが、私も全く同じ感覚です。
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ポリュペーモスの恋

芸術を読み解く
06 /12 2018
マントヴァのテ宮殿は、その内部がフレスコ画装飾によって埋め尽くされている素晴らしい建築物です。
ゴンザーガ家のフェデリコ2世が愛人と過ごす場所として使っていたと言われます。

その中でも「プシュケの間」は「愛」をテーマにした物語が壁に描かれています。
「アモルとプシュケ」「ヴィーナスとマルス」などのエピソードに混じってギリシア神話の巨人ポリュペーモスの姿があります。
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ポリュペーモスと言えば、キュクロープスのひとりで、ホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』に登場する巨人です。
オデュッセウスたちがポリュペーモスの目を潰したため、ポリュペーモスはオデュッセウスに罰を与えるよう父ポセイドンに祈り、オデュッセウスは故国への帰還を妨害されることになります。

そのポリュペーモスがなぜ「愛」をテーマにした部屋に描かれているのでしょう?
彼の右下に描かれている恋人たちに注目してみましょう。

オウィディウスの『変身物語』では、海のニュンペー(精霊)ガラテイアはシチリア島で川のニュンペーの息子アーキスと恋に落ちます。ところがガラテイアに恋をしていたポリュペーモスが巨石を投げつけアーキスを殺害します。アーキスから流れた血はエトナ山のそばを流れる川となりました。

このようにポリュペーモスの横恋慕が悲劇を生む物語なのですが、この場面ではポリュペーモスはガラテイアの気を引こうとザンポーニャ(バグパイプに似た口で空気を送り込む楽器)を吹き、子グマをプレゼントしようとしています。

2人の恋人たちはそんなポリュペーモスを指差して、何を話しているのでしょうか…?

そしてこのテーマはどのような意図でゴンザーガ家の別荘に描かれることになったのでしょうか?
色々な想像が膨らみますね。

参照 Palazzo Te a Mantova Guide Skira

紋章と本の迷宮

エミリアロマーニャ州
06 /11 2018
ヨーロッパで一番古いボローニャ大学(1088年創立)の歴史や解剖学教室についてブログにて何回か触れましたが、今回はさらに何枚かの写真とともにご紹介します。

大学本部として16世紀に建設されたアルキジンナーズィオには、この大学で学んだ学生の家紋がずらりと入っています。30ものアーチを持った石製の列柱からなる139メートルのポルティコが2階層で並ぶ中庭があり、天井と壁に紋章がずらりと並んでいます。
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外国からの留学生の名前も見られます。家紋は7000にも上り、幸運なことに統一戦争の折も、米軍の爆撃でも破壊されませんでした。

一部にはまだ紋章が中に入っていないarme(盾の形の紋章、紋章付き陶器)もあって、将来の学生のために空けてあったものと考えられます。場所が足りなくなった時でも昔の紋章を取り除くことを禁止していました、
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階段の天井にはフレスコ画の紋章も見られます。
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また2階には10の講義室があります。そのうち2つが大講堂。

旧学芸学部の大講堂は現在は図書館大閲覧室となっています。

もう1つは法学部の旧大講堂ですが「スターバト・マーテルの間」と呼ばれています。
19世紀にここでドニゼッティの指揮でロッシーニ作曲のミサ曲が初演されたことに因んでいます。
この部屋の壁には学生の出身国別に家紋が並べてあります。

神聖ローマ帝国の紋章の上に並ぶ家紋たち
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※「スターバト・マーテルの間」に入るには解剖学教室の有料チケットが必要となります。

この部屋の奥には鉄柵で閉ざされていて、入れない部分があります。
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覗き込んでみると
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果てしなく本棚が並んでいるのです!

どれだけ膨大な知識と歴史がこの空間に保管されているのでしょう…

Garofalo フェッラーラのラファエロ

エミリアロマーニャ州
06 /10 2018
フェッラーラのディアマンテ宮殿は15世紀末にエステ家によって建設されました。
その外壁はブニャート仕上げ(浮き出し飾りのある切石積み)なのですが、凸凹とした力強い意匠ではなく、ダイアモンドカットされた鋭角でエレガントなイメージを持っています。
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現在はフェッラーラ市がピナコテーカ(絵画館)として公開しています。

見学したところ、地元出身の芸術家の作品が多くありましたが、その中でもガローファロという芸術家の作品が目立ちました。この芸術家、どうやら「フェッラーラのラファエロ」と呼ばれているようです。

「ラザロの蘇生」ガローファロ作
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ラザロはユダヤ人の男性でマリアとマルタの弟、イエスの友人でもありました。
ラザロが病気と聞いてベタニアにやってきたイエスですが、辿りついたのはラザロが葬られてすでに4日後でした。イエスが墓の前に立ち「ラザロ、出てきなさい」というと、死んだはずのラザロが布にまかれて出てきます。

確かに言われてみれば、人々の優雅な立ち振る舞いやバランスのとれた配置などラファエロを彷彿とさせるものがあります。

ガロファロは1481年にフェッラーラで生まれています。ラファエロより2歳ほど年長ですね。

フェラーラ公国のエステ家宮廷に仕え、初期の作品は牧歌的な作風でしたが、芸術的に洗練されたフェラーラ宮廷の嗜好に合わせて複雑な奇をてらった表現も使いました。

同じくフェッラーラ派のドッソ・ドッシと同世代で合作することもあったそうです。
ヴェネツィア派の彩色法を学んだり、3年ほどのローマ滞在時にジュリオ・ロマーノ(ラファエッロの弟子)の影響から古典的様式も身につけます。

2回目のローマ滞在では、ラファエロの下でバチカン宮殿の「署名の間」の装飾の仕事をしています。
その後フェラーラに戻り、アルフォンソ・デステからの依頼で宮殿装飾や絵画を手がけました。
フェラーラのいたるところで油彩画やフレスコ画を描いたガローファロは、ジュリオ・ロマーノ、ジョルジョーネ、ティツィアーノ、ルドヴィーコ・アリオストの友人でした。

「幼児虐殺」
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フェッラーラの聖アンドレーア教会の主祭壇用の祭壇画
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チマーザに「復活したキリスト」
アーチの左右に「聖アンブロシウス」「聖アウグスティヌス」
その下の左右に「聖セバスチャン」「聖ゲオルギウス」
中心が「王座の聖母子」

ガローファロはエステ家の絵画コレクションに触れることによってロンバルディア派、ローマ派、ヴェネツィア派の手法を身に付けることができたそうです。

参照 Garofalo

伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住25年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。