アカデミア美術館のゴシック1

サンマルコ地区
09 /13 2017
ミケランジェロの彫刻で有名なフィレンツェのアカデミア美術館。
実は豊かなゴシック様式の絵画コレクションも展示しています。
今日から部屋ごとに画家と主な作品を見ていきます。

Sala del Duecento e del primo Trecento〜13世紀と14世紀初期の作品〜
この部屋からゴシック作品の展示が始まります。ギャラリーでは先にミケランジェロなどのルネッサンス作品が鑑賞できますので、時代を遡ることになりますね。

◉グイード・ダ・シエナ
13世紀中頃にシエナで活躍した画家。ピザンチン様式の影響を受けたはっきりとした明暗の表現を使う、コッポ・ディ・マルコヴァルドに近い作風。その表現方法はチマブーエの影響を受けて次第に柔らかくなっていく。

◉コルシ十字架の師匠
コルシ家コレクションのジョット風の磔刑図の作者。

◉マッダレーナの師匠
13世紀中頃フィレンツェの地域で活動した。
「改悛者マグダラのマリアと彼女の8つの物語」
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エピソードに細かい描写が見られる。

◉サンタ・チェチーリアの師匠
ジョット派の重要な画家の一人で、ジョットの助手だった。アッシジのサン・フランチェスコ教会の上部教会フレスコ画のうち、最後の3場面を描いた。
「マエスタ」
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堂々としたマリア像がコズマーティ様式の象嵌細工の椅子に座っている。空間の取り方を強く意識した作品。

◉パチーノ・ダ・ブオーナグイーダ
ジョット派の画家・細密画家。
「生命の木」
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こちらの作品については以前書いたこちらの日記で→「生命の木

サン・フィレンツェ広場のジョットの「○」

enjoyモダンアート
09 /12 2017
サン・フィレンツェ広場に、アルバニア人アーチストHelidon Xhixhaさんの作品が設置されています。
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サン・フィレンツェ広場は
バルジェッロ美術館(中世 13世紀)
ゴンディ宮殿(ルネッサンス 15世紀末)
サン・フィレンツェ教会(バロック 17〜18世紀)

と様々な時代の建築に囲まれた空間です。

ここに現代の芸術家の作品を設置するというのはとても面白い試みですよね。

円形の表面に、広場の情景が複雑に歪んで見えます

この円形は中世の芸術家ジョットにまつわる「○」の伝説を表現しているそうです。
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法王ボニファティウス8世が、ジョットの高い評判を確かめようと使者をトスカーナ地方に送りました。
使者がジョットに何か描いてくれと頼むと、ジョットはフリーハンドで非の打ち所のない正円を描きました。
他にも何かデッサンをもらえないかと使者は頼みますが、ジョットは「やり過ぎたぐらいだ」と断ってしまいます。
使者は正円とともにシエナの画家が描いたデッサンを法王に送りました。
教皇はその円を見てすぐにジョットの抜きん出た才能と技術の高さを理解したそうです。


Helidon Xhixhaさんの作品はボーボリ庭園など町の中に15点、展示されています。
見れるのは2017年10月末まで!

マリア様は乙女座

イタリアのトリビア
09 /11 2017
フィレンツェのドゥオーモの正式名称は「サンタ・マリア・デル・フィオーレ(花の聖母マリア)教会」です。
名前からもわかるように聖母マリア様に捧げられた教会です。

着工は1296年9月8日
毎年9月8日にはドゥオーモにはいつもは見られない青い旗が掲げられます。
青い地に白い羊が中央にいる旗はアルテ・デッラ・ラーナ(毛織物業組合)のもので、フィレンツェではこのアルテがオペラ・デル・ドゥオーモ(教会の建物管理部)を組織しました。

2017年9月8日のドゥオーモ 朝早いので、まだ青い旗が見えません。
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そして着工記念日はマリア様の誕生日でもあります。
マリア様の名前をいただくドゥオーモは、彼女の誕生日に合わせて着工されたのですね。

ちなみにカトリックの典礼暦では
12月8日 無原罪の御宿り →(9ヶ月後)9月8日マリア様の誕生
3月25日 受胎告知    →(9ヶ月後)12月25日イエス様の誕生
きっちり妊娠から9ヶ月後の計算で、マリア様とイエス様の生誕祭が暦に組まれています。

※無原罪の御宿りは、アンナがマリア様を身ごもった日です。
イエスは原罪を持たずにこの世に生まれますが、イエスを宿すマリア様も原罪を持たずにアンナの胎内に宿ります。

そしてフィレンツェでは長い間(1750年まで)3月25日が1年の始まり、つまり元旦とされてきました。
マリア様への信仰がとても厚かったことがわかります。

サント・スピリト教会の年表

アルノ河南地区
09 /10 2017
フィレンツェ、アルノ河の南岸にあるサント・スピリト教会の年表をまとめました。

1250年 アルチェートリの貴族がアゴスティーノ修道僧に教会用の土地を与える。

1269年 アゴスティーノ修道会がフィレンツェに定着。祈祷所があった場所に「サント・スピリト(精霊)」に捧げた教会を建築。

13世紀 フィレンツェは外部からの人口の流入に伴い町を拡大。サンタ・トリニタ橋や、アルノルフォ・デル・カンビオによってより多くの土地を囲う新しい市壁が建設された。サント・スピリト教会は新しい市壁の中の土地に含まれる。

1284年 フィレンツェのアゴスティーノ修道会は「Studio generale dell'Ordine」と呼ばれ、神学や哲学を研究する施設となる。

1292年 アゴスティーノ修道僧の説教を聴きにくる大衆のために教会前に広場が設けられる。

1350年 修道院所属の図書館は豊かな蔵書コレクションを持ち、文学者や芸術家が集う施設となる。

14世紀にペトラルカが修道院に住み、アゴスティーノ著「告白」から影響を受けて「我が秘密」を執筆し、ボッカッチョも通った。修道僧の僧房は人文主義者の集会所となり、15世紀にはレオナルド・ブルーニやニッコロ・ニッコリなども顔を揃えた。

1397年 フィレンツェ政府は新しいサント・スピリト教会の建設に資金を出すことを決定。

1444年 ブルネレスキの設計により着工、偉大な建築家の最後の大きな仕事だった。
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1446年 ブルネレスキ死去。

1452年 建設主任はアントニオ・マネッティ、ジョヴァンニ・ダ・ガイオーレ、サルヴィ・ダンドレーアの3人に。

1471年 火事により、教会内の中世の作品大部分が被害を受ける。

1481年 教会が聖別される。

1489年 ジュリアーノ・ダ・サンガッロにより聖具室が建設される。
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1492年〜 ミケランジェロが修道院にて遺体解剖研究、感謝の印に磔刑像を彫る。
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1493年 フィリッピーノ・リッピ作「ネルリ祭壇画」
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17〜18世紀 多くの改築が施される。

1599〜1608年 ジョヴァンニ・カッチーニとゲラルド・シルヴァーニによるバロック式の天蓋付き祭壇
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19世紀 ファサードが漆喰によって覆われる。
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オニッサンティ教会の年表

フィレンツェ市
09 /06 2017
ルネッサンス時代の芸術家ボッティチェッリのお墓があることで知られているオニッサンティ教会の年表です。

1251年 ウミリアーティ修道会の教会として着工。ウミリアーティ修道会は城壁外に、まずSan Donato in Polverosa教会(ノーヴォリ地区)を建設した後、領地を増やし、新しい修道院+教会の建設を始めます。

1278〜1294年ごろ 建築が終わる。

1310年 主祭壇にジョット作「マエスタ」(現在はウッフィツィ美術館に展示)

1315年 ジョット作「磔刑図」(2005年から始まった修復でジョットの作品であると判明し、2010年に教会に戻る)
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1472年 ドメニコ・デル・ギルランダイオ作フレスコ画「ヴェスプッチ家の礼拝堂」
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1480年 ドメニコ・デル・ギルランダイオ作フレスコ画「書斎の聖ジローラモ(聖ヒエロニムス)」
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1480年 ボッティチェッリ作フレスコ画「書斎の聖アゴスティーノ(聖アウグスティヌス)」
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1480年 ドメニコ・デル・ギランダイオ作フレスコ画「最後の晩餐」(修道院の食堂)
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1571年 メディチ家のコジモ1世の意向により、教会と修道院はフランチェスコ修道会の一派(i Francescani Minori Osservanti)の所有となる。

17世紀初期 ヤコポ・リゴッツィ、ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニらの画家により修道院の中庭にフレスコ画装飾「聖フランチェスコの物語」
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1627年〜 メディチ家のフェルディナンド1世の意向により、教会内部全体をセバスティアーノ・ピッティロッシが改築。貴石モザイクの主祭壇はヤコポ・リゴッツィのデザインによる。
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1637年 マッテオ・ニジェッティのデザインによるピエトラ・セレーナ(砂岩)のファサード完成、フィレンツェ・バロック様式。ファサードにはめ込まれている釉薬陶器「聖母の戴冠と聖人たち」は16世紀のベネデット・ブリオーニの作品。
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伊藤裕紀子

イタリアのフィレンツェ在住24年目。フィレンツェ県とピサ県の公認ライセンスガイド。何年たっても知り尽くせないイタリアの魅力を追求中。個人旅行のガイド、通訳の依頼も請けております。